供養の悩みを解決

供養の悩み解決

供養とは亡き人に対してこちらの世界から功徳を届けて安心して頂くことですから、お墓で手を合わせることも供養ですし、亡き人を思って仏壇で手を合わせることも供養なのです。

お墓や仏壇がある人は恵まれて人であり、後継者が居ないから散骨した等の理由で供養が出来ない人も居て、何かしら心の中に後ろめたい気持ちがあって悩み続けるものです。

墓じまいした

もうお参りすることが出来ないからと墓じまいした後には、ご先祖様が子孫長久を願って作ってくれたお墓を無くしてしまって申し訳ないという後ろめたさが必ず残るもので、そうなってしまった事は仕方が無いにしても、やりきれない気持ちが残るのは事実です。

しかし最後に残された者の務めとして綺麗にお片付けさせて頂いたと思えば、責任ある行動に対しては称賛されるべきであって、ご先祖様にしても最後の務めを果たしたことに関しては納得して頂けます。

自らの最後の時までにどのようにして過ごすかについては、生まれた時に頂いた使命を全うするしかないと思います。

散骨した

亡き人の遺骨を散骨した後には清々しい気持ちになると共に、果たしてこれで良かったのかなと言う気持ちにもなるものです。

大自然に還ることが私達にとって生き物としての宿命であることを思えば当然のことなのですが、やはり最愛の人が目の前から居なくなったことについての喪失感は大きいのです。

最愛の人が亡くなった悲しみも簡単には癒されませんが、散骨して何も残らなかった喪失感もまたとても大きい心の負担になるのです。

気軽に相談下さい

私はNPO法人やすらか庵の代表でもありますが、高野山真言宗やすらかあん庵の僧侶でもあります。

散骨や墓じまいでを20年続けていて、その間に相談された方は数知れず、私のように常に死と向き合って真剣に行をしている者でしか理解できないような皆様の心の問題を解決させて頂いております。

僧侶は常に死後の世界を見つめた上で、今何を為すべきかを追求するのが仕事なのです。

真に正しいことは何かということのみを追求しているのです。

檀那寺の僧侶に気軽に何でも相談という訳にはいかないからこそ、どうぞ私のような者でよろしければご利用下さいませ。